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マルカネのルーツ。古き良き時代の懐かしい味「㐂福食堂」

まるで映画「ALWAYS 三丁目の夕日」のようです。

スーパーやコンビニなど無かった時代、昔の八戸は八戸市営魚菜小売市場を中心にたくさんの小売店が並んでいました。魚や野菜、珍味、和菓子など何でも揃い、買い物に来たお客さんでごった返し、今よりももっともっと活気に満ち溢れていました。

JR東日本八戸線陸奥湊駅周辺は「八戸の台所」と言われるほど賑わっていた場所で、そこにマルカネのルーツとなる場所がありました。それが、今回ご紹介する「㐂福食堂(きふくしょくどう)」です。

イサバのカッチャが愛した㐂福食堂

㐂福食堂は、マルカネ代表・秋山兼男の両親が昭和30年代から平成4年まで、陸奥湊駅近くの湊食品センター内で営んでいた食堂です。

十和田、三沢、二戸、一戸など周辺地域から市場に仕入れに来る常連客で賑わい、イサバのカッチャやガンガラ部隊(ブリキの魚容器を担いだ行商人)の人たちが多く見られました。「イサバのカッチャ」とは魚を扱う職業の女性達を指していましたが、今ではこの地方で元気に働くオバチャン達全般のことを言います。印象的なその姿は八戸の名物にもなっており、陸奥湊駅の目の前には像が設置されています。

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食堂メニューの基本はご飯・味噌汁・市場の食材を調理したおかずです。市場には食材が豊富に揃っていて、魚のフライや煮付、ほうれん草のおひたしなど様々なおかずを提供していました。

食堂の中は調理場とカウンターのみ。調理されたおかずが並んでおり、客が自分で皿に盛って食べるというスタイルでした。

席は5〜6席程しかなく、店内はすぐに埋まってしまうため、後から来た客は「これとこれとこれ!」といっておかずを選び、市場の中にある売り場へ戻っていきます。それを確認して注文した客へ配達しにいくというのは日常茶飯事でした。

中華そばも人気があり、1日になんと200杯くらいの売れ行きだったようです。

思い出が詰まった少年時代

マルカネ代表の秋山兼男は少年時代には皿洗いや掃除など食堂の手伝いをしていました。また、マルカネでパッケージデザインなどを行っている関川先生も、すぐ近くにある花屋の息子として手伝いをしていたのです。お手伝い中に顔を合わせることもあったようです。2人はこのころからの友人で、同じ小学校・中学校に通っていました。

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上は中学生時代の写真です。左から2番目が秋山、そして右から2番目が関川先生です。進学先の高校は別々になってしまいましたが、それぞれの道を歩み、現在こうして同じ職場で働いているのは感慨深いですね。

現代に蘇った食堂メニュー

㐂福食堂は平成4年に閉店となってしまいましたが、マルカネ設立を機に食堂のメニューを復活させました。4種類の製品を製造しており、昔ながらの懐かしい味をお楽しみいただけます。

骨取り焼きさば

黄金色の皮が香ばしく、臭みはほとんどありません。噛むほどにさばの脂の旨味が感じられます。幅広い年代層に支持されている商品です。

骨取り焼きさば

骨取りさば味噌煮

骨抜きのさばフィレーを下処理し臭みを取り、合わせ味噌をしっかり煮切って味をなじませるなど、一手間かけた美味しさに仕上がっています。

骨取りさば味噌煮

いかポンポン煮

八戸名産のするめいかを甘辛く煮た製品で、胴体にゲソを詰め込んだ煮物です。ザラメや水飴のこっくりした甘さが後を引く定番おかずです。

いかポンポン煮

オヒョウカマ煮

オヒョウカレイのカマの部分を煮付にした製品です。カマの部分にはコラーゲンが豊富なので、煮付は低温では煮凝りのように固まります。

オヒョウカマ煮

これらの製品は朝市や八戸ユートリー駅前横丁「朝市屋」などで販売しているほか、オンラインショップでも購入できます。

ノスタルジックな八戸陸奥湊駅周辺

昔の駅前周辺は本当に活気に満ち溢れていました。遠くから仕入れに来た無数の客、商品を宣伝する売り子の声。まるで祭りであるかのような賑やかさがそこにはありました。

今ではすこし落ち着いてしまいましたが、それでも当時の懐かしい雰囲気を感じることができます。

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ここでは毎週月曜日〜土曜日に陸奥湊駅前朝市が開かれ、観光地としても有名です。

㐂福食堂があった懐かしい時代に思いを馳せながら、八戸名物をお楽しみください。

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